「奇譚クラブ」の絵師たち (河出文庫)

 

『薔薇族』編集長 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

戦後エロマンガ史

 

武士道とエロス (講談社現代新書)

 

性風俗史年表 昭和戦後編―1945-1989

 

性風俗史年表 大正・昭和[戦前]編

 

性風俗史年表 1868‐1912 明治編

 

消える「新宿二丁目」―異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?

 

アメリカ性革命報告 (文春文庫 (330‐1))

 

ポルノ雑誌の昭和史 (ちくま新書)

 

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

 

熟女の旅 (ちくま文庫)

 

 

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(以下の内容には裏づけがとれていない情報も含まれます)



・元々現場となった山の名前は「八郎山」であった。ところが心中事件の第一報を報じた東京日日新聞の記者が、「詩情に欠ける山名」ということで、大磯駅近辺の小字の「坂田」を冠して、勝手に「坂田山」と命名した


・「怪異の謎ついに解く 令嬢死体泥棒は六十五歳の陰亡 十日目にやっと自白 おぼろ月夜に物凄い死体愛撫 美人と聞いて尖った猟奇心」


・遺体掘り返し事件の裏には、地元の政友会と憲政党の派閥争いが糸を引いている可能性


・この事件以降坂田山での後追い心中が流行し地元は大変迷惑したが、映画公開後は現地までゆくのが面倒なのか、スクリーンのなかの心中場面にあわせて一緒に服毒し自殺を遂げる若者もいたという

いつの時代も横着者はいる




参考:「定本 犯罪紳士録 (ちくま文庫)」小沢信男  他
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[ 2008-11-11 (Tue) 21:43 ]  



坂田山心中事件 Wiki


天国に結ぶ恋=大磯坂田山心中事件がクローズアップされた後、目ざといレコード会社がすぐさまその様子を歌謡曲として発表した 

人気歌手徳山と新人四家文子がデュエットで歌った
ちなみに作詞の柳水巴とは西条八十の変名

当時は心中事件でもなんでも売れれば歌として発売していたようだ




「天国に結ぶ恋」    (別名・悲恋大磯哀歌、相模灘エレジー)

作詞 柳 水巴  作曲 林 純平




今宵名残りの 三日月も

消えて淋しき 相模灘

涙にうるむ 漁(いさ)り火に

この世の恋の 儚(はかな)さよ



あなたを他所(よそ)に 嫁(とつ)がせて

なんで生きよう 生きらりょう

僕も行きます 母さまの

お傍へ あなたの手をとって



ふたりの恋は 清かった

神様だけが 御存じよ

死んで楽しい 天国で

あなたの妻と なりますわ



いまぞ楽しく 眠りゆく

五月若葉の 坂田山

愛の二人に ささやくは

やさしき波の子守唄



[ 2008-11-10 (Mon) 04:35 ]  

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ヴェラスケスの描くイソップ

(via 井戸端
[ 2008-11-08 (Sat) 00:41 ]  


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四谷の薬種屋に多年秘蔵する人魚があるという。人魚には種々の効能があるが、第一の特効は防火だ。火事の際には鼻から海水を吐き、鎮火に効ありと、徳川御三家の極め紙が付いている。(人魚ミイラは避病・延命以上に火防の力によって、大名家、豪商などに秘蔵されていた。)人魚の存否を研究するために、医科大学が四谷の人魚を借り受けたところ、頭部と体骨格を比較するに、遊泳可能のものとは思われなかった。動物学的見地からは、鯉と猿を嵌め込んだものと判明した。他の同様のものを検査すると、頭は猿、体はホウボウの結合であった。記事の結論としては、「干からびたる人魚が防火の特効あれば消火水や其他の器械は不用に属すべきが其昔は随分斯る奇特のもの無きにしもあらず今日は如何にや」と、迷信撲滅の啓蒙に努めている。

http://homepage3.nifty.com/~akasatana/akasatana7.html
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[ 2008-11-07 (Fri) 22:37 ]  


お立ち会い、犬娘だよ!

十二月の空っ風にオーバーの襟を立てて入ってゆくと、浅草稲村劇場の見世物は、はじまったばかりだった。
「かわいそうに、このおかあさん、ときとぷらずまにおかされたのです。ときとぷらずまにおかされると、動物ならば三つ目の化猫、口が二つの犬などがうまれるのですが、それがもしも人間の胎内にはいりこんでしまったら、どんな不具合がうまれるのでしょうか?」
哀調切々と解説する支那服の少女のそばに、サングラスをかけた一人の中年女が、火鉢をかかえこむようにして座っている。よき見ると、その中年女、腰から上半身は普通だが、腿がまったくなく、腰の下にいきなり細い赤児の手のような足がついているのだった。
「とうさんは大阪の人で、かあさんは八戸の人でした。とうさんハントにこりまして、ポインターをかっておりました。かあさん、このポインターのめんどうをみているうちに、だんだんポインターがかわいくなり、そのうちに、おなかが大きくなってしまったのです。何とおそろしい話ではありませんか」
まだ早朝の小屋の中には、私を入れても三人しか客はなく、しかもその中の一人は桟敷席で一生壜をかかえたまま眠ってしまっているのだった。
客席の中に入りこんだ犬が、「かわいそうな犬娘」を見ている私の靴の臭いをかいで尻尾をふっていた。支那服の少女は、客の多少にはほとんど関心がないという風に、ガーゼをまいたマイクを片手に持ち、べつの片手で「犬娘」を指さしながら、この呪われた物陰をつづけていった。
「そしてとうとう犬の子をうんでしまいました。かわいそうにかあさん、この四つ足のあかちゃんにたえきれず、八郎潟にとびこみ母子心中をはかりましたが、これも因縁でしょうか、あかちゃんの方だけが助けられて、一命救われました。みなさん、そのあかちゃんとは、何をかくそう、このひとです。どうかすみからすみまで、とっくとごらんください」
歩くときは――と、支那服の少女が一段と声をはりあげた。
「犬のように四つん這いで歩きます」
すると、サングラスの中年女は、「四つん這いで歩きます」と、無表情に反唱して、舞台のムシロの上を四つん這いで歩きだすのだった。
「こうやって歩くこともできます」
と、また支那服の少女が言うと、「犬娘」は「こうやって歩くこともできます」と反唱し、こんどは両足を座ぶとんでも抱くように両手で胸の前にかかえこんで、腰を使っていざり歩きをしてみせた。
「はい、こうやって歩くこともできます」と、支那服の少女がまた言うと、「犬娘」は、あぐらをかいて両足を抱き、そのままでべつのいざり歩きをしながら「こうやって歩くこともできます」と、繰返すのだった。 そして、一まわりし終えると、こんどは支那服の少女が、「眠るときは、こうやって眠ります」とかたり、犬娘は椅子の上に丸まって、あるかないかの足を抱いて、すやすやと眠るふりをし、どうやらそのまま眠ってしまうのだった。




寺山修司 「花嫁化鳥」収録「浅草放浪記」  冒頭部分抜粋

[ 2008-11-01 (Sat) 09:57 ]  
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