「奇譚クラブ」の絵師たち (河出文庫)

 

『薔薇族』編集長 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

戦後エロマンガ史

 

武士道とエロス (講談社現代新書)

 

性風俗史年表 昭和戦後編―1945-1989

 

性風俗史年表 大正・昭和[戦前]編

 

性風俗史年表 1868‐1912 明治編

 

消える「新宿二丁目」―異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?

 

アメリカ性革命報告 (文春文庫 (330‐1))

 

ポルノ雑誌の昭和史 (ちくま新書)

 

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

 

熟女の旅 (ちくま文庫)

 

 

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「そんなに、ウソだのインチキだのというのなら、全国の超能力少年を集めて、念力で東京タワーを曲げてしまいますがいいですか?」





スプーン曲げの関口少年が「動かぬ証拠写真」を撮られた時の、関口少年のお父さんの発言
南伸坊「笑う科学」P14抜粋



[ 2012-05-18 (Fri) 09:59 ]  
鹿砦社「三島由紀夫と一九七〇年」に収録されている板坂剛と鈴木邦男の対談で、三島の同性愛に関する記述。

以下、三島とその奥様のなれそめから。


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司会
(三島は)奥さんとは恋愛結婚?

板坂
見合いですよ。

司会
そのあたりからしてもホモっぽいですよ。作家とかって、女性に対しても、何か求めちゃうじゃないですか、理想像みたいなものを。

板坂
同性愛はさ、二人の間ではナーバスな問題だったみたい。結婚するっていうことで、ある同性愛の相手が、奥さんに自分が恋人だっていうことを言うぞと。だから金をくれって脅迫したことがある。それをはねつけて、外国に行ったんだけど、帰ってきて、三島先生は、当人が本当に奥さんに言ったことを知るんです。その話を書いているのは、詩人の高橋睦郎。公然と三島先生の愛人と認められた人です。でも高橋その人が、脅迫の本人だったのではないかという噂もある。

鈴木
で、奥さんからお金取ったの?

板坂
違う。奥さんに言うぞっていって、三島先生にお金を要求したの。

鈴木
で、奥さんはどうしたの?

板坂
激怒したでしょう。美輪明宏、堂本正樹、高橋睦郎、福島鋳郎、その四人は、はっきり言ってる、自分は三島の愛人だったと。美輪さんは言ってないか。墓の中まで持っていくみたいなことを言ってたけど、墓の中まで持っていくってことはあったってことだよねえ。何もなかったら墓の中まで持っていくものなんてないからね。

鈴木
三島と付き合ってた女性もいるんでしょ?

板坂
圧倒的に男性の方が多いけど。

司会
どこまでを同性愛というか、という問題もありますけどね。

板坂
深沢七郎もそうだっていうもんね。『風流無譚』も推薦したというのは、あの時もう恋人だったんじゃないかって噂もあったらしい。

鈴木
きれいじゃないじゃん。

板坂
いやー、あれはホモ顔ですよ。男の愛人を養子にして自分の財産を全部譲るって、深沢七郎、男性の奥さんですよ。『からっ風野郎』の主題歌も深沢七郎が作ったんだし。

鈴木
え?そうなの?

板坂
で、コンサートなんかでデュエットしてたらしいです。もうミエミエですよね。

司会
鈴木先生とかは異性愛者顔なんですか?

板坂
なんで私に訊くの?同性愛顔が同性愛者とは限らない。東郷健が、三浦友和について、あれは同性愛顔だって言ってました。でも別に同性愛者じゃないですよね。多分。顔は同性愛で、モロ同性愛者ってはっきりしているのは加藤剛、平幹二朗あたりでしょうか。平さんなんか普段は女言葉使ってるっていうじゃないですか。なんかわかりますでしょ、ヌメーっとした顔。そういえば三島先生、フランスに行った時、木下恵介の世話になっていたらしいんだけど、木下さんもホモだし。何もなかったとは思えないですけどね。なんでも向こうで小切手なくしちゃって面倒見てもらっていたらしいです。木下恵介さんは加藤剛も可愛がった……。そんな話とか、さっきの高橋睦郎の話は、新潮社で三島先生の担当者だった吉武力生さんという人から聞いたんですけど、担当者は、それを知ってたんだ。

鈴木
そんなイイ男なの?高橋睦郎って。

板坂
イイ男なんじゃないの?随分前から可愛がられてたって言うし。高橋睦郎が言うには、三島先生が自決したあとに舞踏家の土方巽が、三島先生は自決したんだからオマエもオカマをやめろって言ったそうで、そのことで高橋は怒り狂って、あとで土方の奥さんが謝りに行ったって。

鈴木
三島は死ぬまでずっとそうだったのかなあ。死に至る病だな。

板坂
死んだ後、解剖したら肛門から精液が出てきたとか。だから前の晩に、森田必勝さんとしたに違いないとかって言う人もいますでしょ。三島先生を解剖したのは、マリリン・モンローと同じ解剖医で、その人が死ぬ時に、この事件については本当のことを言ったら大変なことになるって言い残したっていう話ですよ。

鈴木
それはないですよ。ありえない話です。


--




(「三島由紀夫と一九七〇年」P69-P71抜粋)



[ 2010-12-06 (Mon) 09:54 ]  






「二十八日午前二時頃、墨田区吾妻橋三ノ二七堀井留吉(五七)方で家人就寝中、次女美奈子(二六)が露天をかたづけ帰宅し奥の間を物色中の賊を発見、「たれ?」と呼ぶと賊は同家の着物を頭からかぶり「お化け」といいながら両手をあげて近づき同女を押し倒して逃げ出した。」



(朝日新聞昭和23年6月29日記事)






[ 2010-03-23 (Tue) 09:27 ]  


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『タイガーマスク』と同じ時期、二人は平行してコンビを組んでいた。これもプロレス物で、ジャイアント馬場の実録漫画『ジャイアント台風(タイフーン)』がそれである。

掲載誌は『少年キング』で、『柔道一直線』と重なるので、梶原は『あしたのジョー』の例に習って高森朝雄名義を使ったが、テンポの軽快さは『タイガーマスク』と甲乙つけがたい。

 ――アメリカ遠征した馬場は、'鉄の爪'フリッツ・フォン・エリックとのアフリカン・デスマッチに備え、先輩の日系レスラー、デューク・ケムオカの協力を得て 特訓に突入した。

テキサスの大地に棺桶状の穴を掘り、その中に身体を横たえて、わずかな土をかぶせた顔の上を車で轢かせるのである。心配するケムオカに、馬場は懇願する。

「エリックの鉄の爪にたえぬき、あるいはやぶるためには、ぜひこの特訓が必要なんです! ここで死をおそれれば、やつにリングで殺される!結果は同じなのだから、情け無用で頼みます!」――

これは梶原の創作である。この時も、いくらなんでもメチャクチャだ、と抗議した辻に、梶原は、

「あれからなんだ、馬場があんな顔になっちまったのは」

梶原の閃きに感心した辻は、ただちに抗議を取り下げた。


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「梶原一騎伝<」(斎藤貴男著 新潮文庫 P69-70) 


[ 2010-02-01 (Mon) 11:59 ]  






「そうかと思うと大阪の方では、彗星除けのおまじないと称してふつうのおこわ御飯を売り出したはしっこいのが、濡れ手で粟の荒かせぎをしてにんまりと悦に入った。」







(種村季弘「好物漫遊記 」収録「月光天文台の方」より抜粋)




明治三十四年のハレー彗星騒動の時の話。

ちなみに同書によると、当時旧制六高三年生だった内田百は、彗星の尾が地球をすっぽり包むというまさにその時刻、町の西洋料理屋で友人たちと、今生の別れとばかりにビールやとんかつを飲み食いしていたとのこと。



[ 2009-12-12 (Sat) 09:29 ]  







昭和13年1月14日


神奈川県高座群で人夫(18)が墓をあばいて女性(24)の遺体を自転車で運び裸にして木に縛りつけ、ナイフで腹を裂き内臓をつかみ出しているところを逮捕される。女性が村一番の美人で女子青年会長をしていたことから「あんなにきれいな人の腹の中はどうなっているんだろう」と思っての犯行と自供。








性風俗史年表 大正・昭和[戦前]編  p220  性犯罪・性的事件項




[ 2009-09-08 (Tue) 17:00 ]  
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